受賞報告
受賞課題:造血器腫瘍におけるマスター転写因子の役割
瑞友会賞(学術部門)受賞のご挨拶
准教授 三田 貴臣(H12卒)

この度は瑞友会賞に選出いただき、身に余る光栄に存じます。瑞友会の先生方に厚く御礼申し上げます。また、これまでご指導いただきました多くの先生方に、心より感謝申し上げます。
これまで私は、「造血器腫瘍におけるマスター転写因子の役割」をテーマに研究を行ってまいりました。そのスタートは学生時代の岡本尚先生との出会いであり、卒後は上田龍三先生と飯田真介先生より臨床的意義を与えていただき、留学中にはThomas Look博士とRichard Young博士から新たなる視点を授かり、そして自身の研究室でそれを探求しました。その過程では、幾つものイノベーションとパラダイムシフトとの遭遇がありました。
私が名市大に入学した頃はヒトゲノムプロジェクトの最中であり、分子生物学に強い憧れがありました。幸いにも分子遺伝学教室の岡本尚先生のもとで学ぶ機会を得、独立したプロジェクトを与えていただきました。それが転写因子研究でした。転写因子とは、エンハンサーなどの調節領域に結合して遺伝子発現を制御する因子であり、特に、マスター転写因子と呼ばれるものは、それぞれの細胞に特徴的なプログラムを制御します。正常発生や細胞維持に不可欠であるだけでなく、その異常は様々な疾患病態に繋がります。私は岡本先生から分子生物学の基礎を教わるとともに、転写因子研究を通して様々な病態(癌、膠原病、感染症)を学びました。
卒後は、そのような疾患を対象とした旧第二内科学に入局し、上田龍三先生のもとで臨床研修を行いました。3年目は名古屋第一赤十字病院に進み、移植臨床を学びました。しかし、ちょうどその頃に登場した新規薬イマチニブによって慢性骨髄性白血病の移植数が激減し、自分はまるで仕事を失ったような感覚を覚えました。それは大きなパラダイムシフトであり、まさしく分子標的療法の到来でした。それもあり、その後の大学院では、上田先生、飯田先生、岡本先生のご指導のもと、転写因子を標的とした新規薬剤の研究を行いました。
大学院卒業後は、白血病の転写因子研究の権威であるハーバード大学のThomas Look博士の元に留学しました。当時はゲノム時代の創成期にあり、マイクロアレイを用いたプロジェクトを開始しましたが、その数年後に次世代シーケンスの時代が到来したため、実験を全てやり直しました。結果として留学期間は伸びましたが、この過程でMIT の Richard Young博士との共同研究に発展し、これによって、それまでは「遺伝子砂漠(遺伝子の無い領域)」として見られていた非コード領域が転写調節に重要であることが分かり、自身のプロジェクトは全く別の価値を持つこととなりました。技術革新が生物学を変えた瞬間であり、イマチニブが登場した時と同じようなパラダイムシフトを肌で感じました。
そして、それをさらに探求すべく、2013年にシンガポール国立大学にて自身の研究室を開きました。10年間続けた研究室では、白血病における転写因子研究を軸とし、マスター転写因子の標的を明らかにするとともに、「遺伝子砂漠」の中からエンハンサーや非コードRNAを同定したり、ゼブラフィッシュ白血病モデルを作成しました。また、シンガポールでは、ビジネスや各機関の方々との交流を通して、国の成長戦略について学ぶことが出来たことは大きな経験でした。
2024年9月からは血液・腫瘍内科学の准教授を拝命し、再び臨床に戻る機会とともに、新たな挑戦の場を与えていただきました。マスター転写因子研究は、基礎から臨床に繋がる、多分野的な視点を必要とするテーマです。今回の受賞を一つの転換点とし、今後は新たな視点で臨床応用を目標に研究を進めてまいります。また、自身が経験した技術革新とパラダイムシフトについて、少しでも多くの若い方々に伝え、次世代の医師・研究者の育成に全力を尽くしてまいります。
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- 2000年
- 名古屋市立大学医学部卒業
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- 2000年
- 名古屋市立大学病院第二内科学臨床研修医
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- 2002年
- 名古屋第一赤十字病院血液内科勤務医
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- 2006年
- 名古屋市立大学大学院医学研究科臨床分子内科学博士課程修了
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- 2006年
- Harvard Medical School・Dana-Farber Cancer Institute Research Fellow
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- 2010年
- 同 Instructor
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- 2013年
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National University of Singapore・Cancer Science Institute of Singapore、Principal Investigator
同 Department of Medicine、Assistant Professor
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- 2020年
- 同 Department of Medicine、Associate Professor(Tenured)
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- 2023年
- 名古屋市立大学大学院医学研究科血液・腫瘍内科学准教授
- 三田貴臣氏 授賞理由
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平成12年に本学医学部を卒業後、旧第二内科に入局し、血液腫瘍内科医として臨床にたずさわると同時に、研究面でも多くの業績をあげてこられました。
本学·大学院博士課程では、難治性リンパ系腫瘍に対する新規分子標的治療薬の研究を行い、博士論文を含む5編の論文を第一著者として発表されています。平成18年に学位取得後は、米国・ハーバード大学医学部・ダナファーバー癌研究所に、研究員並びにインストラクターとして留学されました。この間、当時に興りつつあったマイクロアレイや次世代シーケンサーを用いたゲノミクス解析、並びにRNAiを用いた網羅的機能ゲノミクス解析の手法をいち早く取り入れ、急性T細胞性白血病(T-ALL)や神経芽細胞腫における新規分子異常の同定や転写調節回路の同定をされました。計6年半の在籍の間に、第一著者論文4編を含む多くの論文を発表されています。特に、神経芽細胞腫におけるALK遺伝子変異の同定や(Nature,2008)、ChIP-seq技術を用いたT-ALLにおける転写因子標的の同定に関する論文など(Blood, 2008; Cancer Cell, 2012; Cancer Discovery, 2013)は多く引用されています。加えて、米国における研究室独立を支援するプログラムであるNIHからのK99グラント(Pathway to Independence Award)を受賞されました。
その後、2013年にシンガポール政府からのNational Research Foundation(NRF)Fellowship の受賞を受け、シンガポール国立大学・癌化科学研究所にて、Principal Investigator兼Assistant Professorとして研究室を開かれました。NRF Fellowshipは、全学問分野を対象としたシンガポールにおける若手研究者の最も栄誉ある賞とされています。シンガポール国立大学では2020年にはAssociate Professorとしてテニュアを取得されています。
自身の研究室では、T-ALL、成人T細胞性白血病(ATL)と神経芽細胞腫を対象として、マスター転写因子の機能、並びにその組織特異的癌化のメカニズムに関する研究をされました。分子生物学とバイオインフォマティクスの手法を用いた網羅的エンハンサー解析により、転写因子の標的を同定すると同時に、エンハンサー異常・クロマチン相互作用の解析・非コードRNAの同定、さらには薬剤スクリーニングなど、幅広い研究を行われています。
加えて、ゼブラフィッシュを用いた新たなリンパ腫モデルを作成するなど、基礎研究者としても優れた成果を上げられました。計10年間に、責任著者として計15編の論文を一流雑誌に発表されています(Leukemia, 2015;Leukemia, 2016; Genes & Dev,2017; Blood, 2017; Leukemia, 2018; Blood, 2019; Nature Com, 2019; Haematologica, 2020; Blood, 2020; Haematologica, 2022; Nature Com, 2022; Leukemia, 2022; Haematologica, 2023; Leukemia, 2023; Cell Reports, 2023)。
令和5年9月からは、本学の血液・腫瘍内科の准教授となり、現在は実臨床にたずさわりながら、大学院生や教室員とともにより臨床に近い新たな研究テーマ取り組んでおられます。