受賞報告
受賞課題:癌の新薬開発、耐性機序に関するトランスレーショナル研究
瑞友会賞(学術部門)受賞のご挨拶
愛知県がんセンター病院 ゲノム医療センター センター長 衣斐 寛倫(H11卒)
この度は、瑞友会賞(学術部門)に選出いただき、身に余る光栄に存じます。また、瑞友会会長の松本隆先生をはじめ、選考委員の先生方に厚く御礼申し上げます。
私は1999年に名古屋市立大学を卒業後、旧第二内科に入局しました。若気の至りで外を見てきたいとお願いしたところ、当時の上田龍三教授にご許可いただき、東京・千葉・ボストン・金沢とさまざまな施設で勉強する機会に恵まれました。
私が卒業した当時、肺がんは顕微鏡で観察し、腺癌・扁平上皮癌・大細胞癌・小細胞癌に分類するのみで、非小細胞肺癌に対しては同じ治療が行われていました。しかし、2004年、肺がんのドライバー遺伝子異常(そのがんの生存に必須な遺伝子異常)としてEGFR変異が同定されると、これを契機に10種類以上のドライバー遺伝子が発見され、各異常に対する分子標的治療薬が承認されています。肺がんの薬物療法は20年前とは隔世の感です。
私は、当初肺がんの分子標的治療薬の開発と耐性研究を行う予定でした。留学した研究室は肺がん研究で著名な研究室だったのですが、最初に始めたプロジェクトがうまくいかず、半年で行き詰ってしまいました。地味に文句も言わず(文句を言う英語力もなく)黙々と実験を行っていたのが良かったのか、ある日ボスに呼ばれ、「次のプロジェクトはうまくいくと思うけど、大腸がんでも良いか?」と聞かれました。私は、留学前にがん薬物療法専門医も取得していたことから、まあ大腸がんでも良いかと思い、Yesと答えて始めたのがKRAS変異大腸がんに対するプロジェクトでした。
KRAS変異大腸がんのプロジェクトは、紆余曲折はありましたが無事論文発表することができ、次に始めたのがBRAF変異大腸がんの研究でした。当時BRAF阻害薬はBRAF変異メラノーマに著効することが示されていましたが、同じBRAF変異を持っていても大腸がんには無効でした。私は、大腸がんではBRAFに加えEGFRの抑制も必要であることを見出し、論文発表をしました。現在では、BRAF阻害薬とEGFR阻害薬の併用療法は、BRAF変異大腸がんに対する標準治療として広く使用されています。
留学から帰国後も、KRASやBRAFに異常を認めるがんを対象に研究を続けたものの、KRAS変異に対しては長らく有効な阻害薬がなく、肺がんの華々しい成果を横目に見ながら、何度となく限界を感じていました。そのような状況が5年ほど続きましたが、2018年になり、KRAS変異のうちG12C変異に対する特異的阻害薬が開発され、臨床試験でも効果を認めると、KRAS研究が注目されるようになりました。私は、薬剤ができる前からKRAS変異腫瘍の性質を調べていたこともあり、KRAS阻害薬の耐性メカニズムについて相次いで報告をすることができました(Clinical Cancer Research 2020, Nature Cancer 2023)。
今回原稿を書く機会を与えていただき振り返ってみると、当時はまだ一般的ではなかった腫瘍内科の研修を行い、肺がんよりも消化器がんとの関りが深くなり、臨床一本で生きるはずが今では研究8:臨床2の生活を送るなど、人生の不思議さを感じます。これから先も予期せぬことが待ち構えていると思いますが、愚直に物事にあたりたいと思います。また、末筆ではございますが、名古屋市立大学医学部ならびに瑞友会の益々の発展を祈念いたしております。この度は誠にありがとうございました。
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- 1999年
- 名古屋市立大学医学部卒業
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- 1999年
- NTT関東病院研修医
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- 2001年
- 国立がんセンター東病院 化学療法科研修生
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- 2003年
- 名古屋第二赤十字病院 呼吸器内科
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- 2006年
- 医学博士(名古屋市立大学)
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- 2008年
- マサチューセッツ総合病院がんセンター 博士研究員
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- 2012年
- 金沢大学がん進展制御研究所腫瘍内科 助教
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- 2016年
- 同准教授
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- 2018年より現在
- 愛知県がんセンター研究所がん標的治療TR分野 分野長
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- 2021年より
- 同病院ゲノム医療センター長を兼務
- 衣斐寛倫氏 授賞理由
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平成11年に本学卒業後、呼吸器内科医としてキャリアをスタートし、名古屋市立大学腫瘍・免疫内科学分野(上田龍三教授)で学位を取得しています。その後、米国ハーバード大での4年間の留学を経て、金沢大学がん伸展制御研究所の助教・准教授を経て現職に就任しています。癌の基礎的研究を背景に新薬開発、分子標的薬耐性機序解明のトランスレーショナル分野の第一人者であり、特にKRASをターゲットにした新薬開発および耐性メカニズムの研究で著明な業績を上げています。国内のみならず海外にも幅広い交流関係を持ち、多施設共同研究CIRCULATE-JAPANのTR研究も主担当しています。このような癌のTR分野での実績から学術部門賞を受賞されました。