受賞報告
受賞課題:名古屋市立大学病院における「無痛分娩センター」の開設と安全性向上への貢献
瑞友会賞(臨床部門)受賞のご挨拶
麻酔科学・集中治療医学
教授(診療担当)田中 基(教室会員)
この度は、名古屋市立大学医学部瑞友会賞(臨床部門)をいただき身に余る光栄に存じます。瑞友会会長の松本隆先生をはじめご選考いただきました瑞友会の先生方に厚く御礼を申し上げます。また、いつも臨床で私を支えて下さっている名古屋市立大学 祖父江和哉教授はじめ麻酔科学・集中治療医学分野の先生方、杉浦真弓教授はじめ産科婦人科学分野の先生方、斎藤伸二教授はじめ新生児・小児医学分野の先生方、ならびにこれまでご指導賜りました名古屋市立大学の諸先生方にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
私は1992年に滋賀医科大学を卒業しました。当時は医学部卒業後すぐに診療科を選択する時代でしたが、臓器別の縦割り診療ではなく「全身を診る」医師になりたいという思いが強かった私は、麻酔科を選びました。その後「小児の麻酔と集中治療」に興味を持ち、卒後3年目、東京の三軒茶屋にあった国立小児病院の麻酔集中治療科レジデントになりました。当時は小児集中治療の黎明期で、私の初勤務日は日本で初めてのPICU(小児集中治療室)であった国立小児病院PICUの開設日でした。最も若輩者であった私ですが、小児集中治療という新しい分野を切り開いてきた諸先輩方の背中を見て育った経験は、現在、産科麻酔の新開地を切り開こうとする私に大きな勇気を与えてくれています。
国立小児病院で小児麻酔を究めようと思っていた私は、新生児科のローテーションを志願し、ある早産児の担当医となりました。早産児ではあったものの全身状態は良く、早期に退院できそうでしたが、その児には重大な問題がありました。それは母が出産当日に亡くなっていたことでした。「若い女性が出産で亡くなるなんて!」と、産科医療の知識が無かった当時の私は大変驚きました。しかし調べてみると、わが国の新生児死亡率は世界一低いけれど、妊産婦死亡はまだまだ改善の余地があることを知りました。その頃より、麻酔科医である私が産科医療に貢献できないだろうか?と新しい道を探し始めました。しかし、当時の国内には産科麻酔を勉強できる施設はなく、臨床医学留学を目指しました。カナダ医師国家試験(MCCEE)や英語語学試験(TOEFL)をクリアするには想像以上の労力と年月を要しましたが、2006年1月ようやくトロント大学マウント・サイナイ病院産科麻酔科の臨床フェローのポジションを獲得できました。
マウント・サイナイ病院は年間7,000件の分娩数を誇り、低リスクから高リスクまで「あらゆる出産」が産科医・麻酔科医・小児科医はじめ多くのプロフェッショナルの手厚いケアを受けられる理想的な環境でした。わが国では周産期センターは高リスク出産、クリニックは低リスク出産と、分娩施設が分散していますが、大規模分娩施設のメリットを実感しました。更に経腟分娩90%以上が硬膜外分娩(いわゆる無痛分娩)で、多くの産科麻酔症例を経験することができました。
2010年に帰国し、数か所の周産期施設に勤務して硬膜外分娩を立ち上げる経験も積みました。2018年9月には名古屋市立大学へ着任させて頂き、同年12月には「無痛分娩センター」と立ち上げるという大役を担わせていただきました。センター設立にご尽力いただいた諸先生方に感謝を申し上げます。「安全で質の高い硬膜外分娩」は、産科医だけ、麻酔科医だけで実現できるものではなく、病院挙げての「チーム医療」が必須です。幸い「無痛分娩センター」は名古屋市立大学の多くの方々に支えられ、順調に成長を続けています。最近では、名市大方式の「硬膜外分娩」は近隣の医療施設にも広がりを見せつつあり、今後は名古屋市立大学だけでなく、東海地区はじめ全国の産科麻酔の質と安全の向上に貢献する所存です。
今後とも瑞友会諸先生方のご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
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- 1992年3月
- 滋賀医科大学 医学部医学科 卒業
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- 1992年4月
- 滋賀医科大学 麻酔学教室 研修医
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- 1994年10月
- 国立小児病院 麻酔集中治療科 レジデント
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- 1997年4月
- 兵庫県立こども病院 周産期医療センター 麻酔科 医師
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- 2002年4月
- 国立成育医療センター 手術集中治療部 麻酔科 医師
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- 2006年1月
- カナダ マウント・サイナイ病院 産科麻酔科 臨床フェロー
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- 2008年7月
- カナダ トロント小児病院 麻酔科 臨床フェロー
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- 2009年7月
- カナダ トロント小児病院 麻酔科 臨床講師
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- 2010年9月
- 埼玉医科大学総合医療センター 産科麻酔科 講師
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- 2018年9月
- 名古屋市立大学 麻酔科学・集中治療医学 講座 教授(診療担当)
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- 2018年12月
- 名古屋市立大学病院 無痛分娩センター長 併任
- 田中 基氏 授賞理由
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田中氏は、名古屋市立大学病院に東海3県初の「無痛分娩センター」を開設、初代センター長として他職種チームによる無痛分娩数の増加に寄与しています。また東海地区における無痛分娩の拠点教育施設として、硬膜外分娩に携わる麻酔科医、産婦人科医、助産婦の教育にも貢献しています。